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    セラルボ美術館 マドリード

    博物館と表現した方が良いかもしれないセラルボ美術館。マドリードの街中にあるセラルボ侯爵のコレクションを自宅ごとスペイン政府に寄付して出来た場所です。 家中宝物だらけ! 入場人数を制限しているので、たいてい外で数人が待っています。 ここで見た面白い物を幾つかご紹介します。 このキャンドルスタンドは特注なのでしょうね。こんな組み合わせどうやって思いつくのか?センスが凄すぎます。 2mくらいの姿見。鏡のフレームがマイセン焼きなのですが、一つ一つのディティールを見てたら一時間くらいかかってしまいそうな凝った作りの圧巻される存在感ある鏡 絵はファンダイク作。でも美幸の目が捕えたのはその上にある一つ目のイルミナティ。そっちなのね。 非常に凝ったデザインのベニティアングラスシャンデリア!天井からぶら下げておくのがもったいないくらいの工芸品 写真の多い投稿になりましたが、個人のコレクションだっただけに伯爵ご自身の趣味が窺える面白い物がたくさんの美術館でした。 マドリードに行かれる機会があればぜひお勧めです。

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    イザベル キンタニージャ

    我が家の子供2人は7つ年が離れているので、7つ上の息子は行ったことのある国も娘は行った事が無いという国が10ヵ国ぐらいあるのですが、スペインはそのうちの一つで、随分長い間娘にスペイン連れて行って欲しいと言われていました。 5日の日程だったので、プラド美術館でベラスケスとボスの作品を見るのをメインの目的にマドリードへ行く事にしました。 プラド美術館ってすごいコレクションなのにそれほど混んでおらず、ラメニーナスも快楽の園もしっかり見て満足。それにしても韓国人観光客が多かったです。 ティッセンーボルネミッサも凄いコレクションなのでプラドの翌日に行ったのですがここで、とても素敵な特別展示が開催されているのを入り口のチケット売り場で知りました。チケット売り場の上に宣伝で使われていた絵を目にした時点で特別展示から見たい気持ちになる絵でした。 足早にメインのコレクションを見て(今思えばなんと勿体無い!) 特別展示のパビリオンへ行ったら大変な混みようで、撮影許されていたのですが作品の前に行くまでにものすごく時間がかかり真っ直ぐ撮れませんでした。 絵は小ぶり過ぎず、雰囲気に合ってちょうど良いサイズ。 リアリズムという一言で収まらない透明な空気感。繊細で何とも女性らしい絵でした。 地味なモチーフだけれど、作風が一貫してとても素敵でした。もっと知られてても良いのにと思いました。 大好きな画家がまた1人増えて幸せです。

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    夏時間が終わり時差が8時間に

    27日の夜中3時を境に1時間戻り2時になります。 というわけで明日起きたら、いつもの5時が4時に。 いつもより1時間長くベットにいられるのです。 日の出も7時29分に。今日は8時過ぎてたのにね。 夏時間が終わると日本が1時間遠くなった気がして少し悲しくなります。 さて、オランダは今日19、5度でした。 日本も同じだと思いますが、温暖化が確実に進んでいるのを実感。 10月末に半袖ってありがたいのですが、10年前では考えられなかった温度。午後に突然友人から連絡があり2ヶ月前に購入したボートで出かけないかとお誘いがあったので今年最後(のはず)のセーリングに出かけて来ました。と言ってもお天気が良かったので私はすでに乗馬の予定を入れいていて、外乗から直行。彼女の家に着いたのは17時半でした。 今日の日の入りは18時半くらいだったので1時間ほどのセーリング。 船は彼女の家の前に流れる運河に停泊されていて家からシャンパンとおつまみ持って出発!優雅ですよね。 友人にはご主人も子供もいます。外交官なのでご主人は主夫です。 日が沈むと一気に冷え込みましたが、景色の美しさと言ったら。 彼女はお誕生日もほぼ同じの同じ歳で、タイプは違うのですがお付き合いも長い大切な友人です。 去年の今頃、NATOの会合にオランダの大使として招待された彼女。 こういうオフィシャルな場にはパートナーも招待されるのですが、たいていは旦那さんが奥さんを連れて行くという形。 彼女の旦那さんが一緒にいきたくないというので、私が同伴することになったのですが、オランダ大使のお連れの方なのですねと、大半の方が私が彼女の奥さんと(つまり同性愛カップル)思われていたことに気がついたのは三日目くらいの夜のレセプションで。 友人は威厳ある風格で「私たち2人とも、それぞれに素晴らしい夫がおります。」と答えたあと2人で大笑いしたのが今でも良い思い出! 明日から時差8時間。冬はもうすぐそこに。

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    スマホ水没で2週間インターネット無しの休日

    夏休みの旅行中にスマホを水没させて失うという事件を起こしました。 そんなわけで今年のギリシャ旅行には私が自分で撮った写真が残っていません。 セーリングで島を巡っていた二日目になんと野生の黒豚が生息するビーチに到着。運よく黒豚の家族がビーチに数頭戯れていて、他のヨットやクルーザーで訪れた人たちも大はしゃぎ! https://maps.app.goo.gl/4N3MEfBFjCKomyA17?g_st=com.google.maps.preview.copy 写真が残っていないのでぜひこちらから見てください。 豚さんは小さなサイズ。子豚なんてとっても小さくて可愛かったです。 ランチの支度に私は一足早くヨットに戻り、子供達にそろそろ上がってきてと言おうとしたら、なんと黒豚が子供たちと一緒にしかも2人の間に混ざってヨットに向かってきているではないですか! 興奮して、写真からビデオの選択をした時に手からスマホが落ちてしまいました。数ヶ月前に買い替えたばかりのiPhone15 pro max しかもこの日に限って停泊したのが水深10m、いつもは5mくらいなのに。 あの時のショックとスローモションでスマホが手から落ちていく様子が今でも鮮明に残っていて、思い出すとお腹が痛くなります。 しかも、この旅行に限って、iPad、Apple Watchも持っていかなかったので、イオニア海で私は全く連絡不可になったというわけです。 さらに追い討ちをかけるように、水がとても綺麗で、私の電話がヨットから見える。けど、届かない。息子が7mぐらいなら素潜りしたことあるから試して見てあげようかと言ってくれたけれど、私の電話が原因で彼に何かあったら最悪なので辞退しました。 家族がみんな、スマホを貸してくれると言ってくれたけれどパスワードを自動で作っていてメールも何もログイン出来ず、2週間インターネットのない世界へ。 鶏と犬と馬を預けて旅行に来ていたのですが、馬は私の馬ということで、私しか連絡先を持っていなく焦りました。夫に渡してある私の馬友達の電話番号が一つあったのを思い出し、それももう3年以上前だったのだけれど、助かった。 大切な人の番号は家族と共有するのも必要かと思いました。 ヨットの上では私以外全員、スマホを眺めているように見えて…。 その夜スマホがない私はワインボトル片手に、1人でヨットの上で星を見ながらぼーっとしていたら、息子が腕の骨折れるのと比べたら大したことないよ、と一緒にビールを持ってきて飲んでくれました。隣のヨットのドイツ人夫婦も事故だから気にしない方がいいと隣からボトルを持って励ましに来てくれて、遅くまでお喋り。でもあのショックはそのまま。 スマホのない生活で色々と考えました。スマホの素晴らしさや利便性はたくさんあるけれど。その中でも自分の気持ちとか感動した風景を誰かと、大切な人とシェアできることは大きな魅力だなと思いました。 特に娘は美しい風景があるとすぐボーイフレンドに送っていました。 以前の私ならスマホばっかりと思っていたけれど、この風景をシェアしたいのだなという気持ちがとても理解できるようになったと思います。 さて、ヨットを降り貸切のアパートメントに移ったその夜、また息子が「ママこれ見るといいと思うよ」とスマホを持ってやって来ました。 それは https://youtu.be/KG9F4-V27Lc?si=IZsNNV8mJ-zIL0Mw 金属探知機を水中で使うアメリカのYoutubeのチャンネル。 観光地や海の水中に酸素ボンベをつけて潜り、金属探知機でお宝を見つけるというコンセプト。スマホに限らず、サングラスや指輪などの貴金属もたくさん! スマホを落としている人の多いこと、私だけじゃないのですね。 本当に救われました。30分以上釘付けで見ていたのでそろそろ自分のスマホを返して欲しい息子は、テレビでもYouTube見れるからとテレビをセットしてくれて自分のお部屋に戻ったのですが、それ以降も私は2時間見続けて、水没事件からやっと立ち直ることができました。 オランダに戻ると、開封していないメールや、メッセージの数。 重い気分でアプリを開き一つづつ対処。 良かった事は、必要ないメールの処理、不必要なサブスクライブを停止する作業も合わせて行いすっきりしました。 新しい電話は、全く同じものを買うことにしたのですがSIMカード作成で電話屋さんに行ったら安くても性能の良い電話がただ同然で売られていました。 どうしてiPhone、どうしてPro、どうしてMAX。。 と性能の良いただ同然のノキアを見ながら思ったのでした。 PC、ラップトップはじめ全てアップルに頼っている自分を実感。 電話に合わせて肩からかけれるストラップも購入。肩からかけている人を見かけると、「もしかしてこの人もスマホを落としたことがあるのかも」と一方的な親近感を持ってしまっています。 さて、最後に、私はここでスマホと書いていますが、この件があるまで携帯と言っていました。 日本のグループでオンラインミーティングを企画していたこともあり、彼女たちに、「携帯を海に落としてしまい、連絡取れずにごめんなさい」と送ったら、「スマホを水没でしたか。」と言われ。 そーか、携帯って死語なのね、しかも、海に落とすではなくて、水没という表現なのだな、と新しく学んんだのでした。

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    謎の国 アルバニア

    アルバニアという国を知っていますか? バルカン半島に位置するこの国、数年前から飛行機でも乗り入れが可能になってきましたが、5年前はほぼ陸の孤島。 今年の夏は家族でイオニア海をヨットで巡っていたのですが、アルバニアはそのすぐ上と言う事で折角だから行ってみようと言う息子の提案でギリシアの後アルバニアに行くことになったわけです。 コルフ島からアルバニアのサランダ行きのボートはボロボロの古い船。4時間かかってやっとついたら入国審査なのですが、カオスでした。EU圏のパスポートを持たない私は、家族とは別のレーンへ。嫌な予感がしましたが、1時間半くらいかかりました。 やっとアルバニアに入国したもののタクシー乗り場もめちゃくちゃで、面倒だから歩こうということになり、海沿いに建てられたリゾートまで炎天下、35度の中10分かけて家族4人、スーツケースを引きずり向かいながら、どうしてギリシアで素敵なホテルのまま夏休みを終わらせなかったのか、子供達の計画に疑問も。 運転もめちゃくちゃで、ここでレンタカー借りて運転は大丈夫なのだろうか。 まあ、エジプトよりはいいかなとかそんなレベル。 10分歩いている間に、ロールスロイス、フェラーリ(一番新しいモデルの黒)、ランボルギーニのSUV等々、オランダでは見かけない高級車がたくさん並んでいたのが印象的でした。しかもそういった高級車はほとんどがイギリスのナンバープレート。 路面店にはヴェルサーチの偽物バスタオル、Tシャツがこれでもか!というほど売られていて、アルベニア人ってヴェルサーチ好きなんだなと。 舗装し直したばかりという印象の道を歩きながら、20年前のソウルを思い出したのでした。 当時の韓国はタクシーの運転手の月給が10万円以下だったと記憶してます。 レンタカーで巡ったのですが、道には色々な生き物が。 山羊、ロバ、牛、サルでは驚かないのですが、なんと馬が高速道路脇で草を食べていたのには驚きました。 極め付けは、大きな亀が道の真ん中に。 石と思って避けたら、亀でした。 観光でとても印象的だったのがブルーアイ 水深は50m以上であることは確認されたのだけれどもっと深いそう。とにかく引き込まれそうな青で本当に印象的だった。立ち入り禁止にも関わらず、マッチョなアルベニア男性が飛び込んでいて迷惑だった。なぜマッチョさを競っているかというと、ここは湧水なので水温がとても低いのです。写真に映らないで欲しいので迷惑だった。 旅行中面白かったのが、町中にガソリンスタンドが立っていて、日本のコンビニくらいの数みたいな印象。 個人経営らしく、名前も個性的でした。 アルバニアでも最後はビーチで過ごしたのですが、田舎のレストランと、ビーチのレストランとの値段の格差が10倍くらいで、高いのか安いのかよくわからない。 アルバニアでとても印象に残ったレストランはNYCに20年住んで、国が落ち着いて共和国になったのを機に帰国してレストランを開いたというオーナーのお店。 本当に美味しかった。アメリカだと毎晩色々な人に会えたのに、ここはいつも同じ人でつまらないと言ってました。もう少し居てくださいとお酒を何倍も(家族全員分)注いでくれていろんな話をしました。子供達にとっても良い経験だったと思う。 アルバニアでもアジア人はほぼ皆無だったので、どこから来たかとよく声をかけられ、日本と答えると、ジャパン、グッド。ベストカー、トヨタベストなどと言ってくれたのが素直に嬉しい。 アルベニアの山奥で、コマツの古い古い中古の日本製の重機が活躍していました。その隣にはいすゞのトラック、これも古い中古、アルベニアに到着するまでに色々な国で活躍していたのが偲ばれる。 私も日本から来たのよ、と思わず声をかけたくらい。 印象深い出来事の多かったアルベニアでした。

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    絵文字の肌色

    日本人の友人からの絵文字で「日本って島国なんだなあ」と思うことが何度かある。 👍を選択せず、👍🏻 の肌色の絵文字を使っている知人が結構いることに気がついた。 オランダに住んでいる私なら絶対できない選択で、というのもあの色は肌の色、つまり人種を表しているのであって、肌色は白人の人のために用意された色。 私は日本人で黄色人種だから、当然黄色の指。 乗馬クラブのチャットなんかでは、肌色の中唯一の黄色い👍 なんてこともよくある。 そもそも、日本にしかなかった絵文字。最初の何年か「いいね」は👍 だけだったのに、数年前から肌の色が選べるようになって、気がついたら主人も肌色に変わっていて、当時の若い秘書の助言だったそうだけれど、子供達は100%白人ではないので黄色を使っている。 そんなわけで、家族のグループチャットには人種が2種類存在する。もし子供達がアフリカ系の方と一緒になったら、もう一色加わる、そんな感じ。 友人にインドネシア人の父親とオランダ人の母を持つ人がいるのだが、本当に美しい女性で、それでもいいねの肌色は茶色。別に特別肌の色が黒いわけではないので、単に人種から選んだ結果。 別に悪いことでもなんでもないのですが、肌色の絵文字を日本人からもらうと少し違和感を感じてしまいます。

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    エルサレム とりあえず赦すこと

    聖フランチェスコのことを書いていて、エルサレムに行ったことを思い出しました。 いつも通り夫は忙しく一緒に来れないとのことで子供2人と3人で出かけました。 ベツレヘム キリストが生まれた場所が聖地で教会になっています。 ベツレヘムの丘に立ってまず思ったのは ヘンデルのメサイア ここに羊飼いがいて。。。などと思いを巡らせました。 並ぶこと2時間、これでもラッキーなほど短いらしいキリストの生誕の場所を子供と3人で拝むことができました。 色々見たので端折りますが、観光の見どころはキリストが十字架を背負って歩いたと言われる苦難の道、ラテン語でのヴィア ドロローサ。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴィア・ドロローサ 合唱団で歌う私には馴染みのある名前です。 雰囲気の重いこと。 ハイライトはキリストが亡くなった場所に建てられた教会です。 ここでも2時間くらい並びました。 やっと私たちの順番というときに、3人しか入れない場所に5人と言われ、子供たちは入り口に立つことしかできませんでした。 「すみません。子供達のスペースがないのですが、」 と言った途端、「だったら出ていけー」と怒鳴られました。その後もすごい剣幕で何語かわかならい言葉で怒鳴られ続け、それを見ていた後ろにいた人が、その男性に注意したらもっと怒鳴って… 2時間立ちっぱなしで待ったのに。 係のキリスト教の男性はイスラム教っぽい雰囲気で話にならないし、英語も下手。 キリスト教の聖地なのにね。 あなた、本当にキリスト教の信者ですか?と言いたくなる最低な人でした。長い時間経ち続けて待った子供達に申し訳なくて、怒りが込み上げてきました。 エルサレムのキリスト教の案内所に起こったことを報告しに行きました。 幸い、係の方はカトリックの方で英語も堪能。「あなたの言い分はとてもわかります。私たちも日々同じような目に遭っています。16の異なる宗派で分け合っているので問題があるのです。主のご加護がありますように。」 この後ランチに行く時間帯だったのですが、歩いていたら無理やり冊子を渡されました。気分がすぐれなかったのですが、受け取ったら この一言、さっきの最低な経験は、赦すことを学ぶためだったのだと心に残りました。 ちなみにキリスト教は4万を超える宗派があり、エルサレムだけでも選ばれた16の宗派が時間を区切って管理しているので、はっきり言ってエゴの打つかり合い。 宗教について考えさせられました。クリスマスやイースターの時は、信者が世界中から集まるので揉め事が絶えないとか。 ブッダの教えの一つに 誰かに恨みを持ち続けるということは、その許せない相手にいつか投げようと、火のついた炭を素手で持ち続けているようなもの。投げようとしなければ熱い炭はすぐ手放せて手のやけどもしなくて済むのに。という逸話あります、それを思い出しました。 子供2人はキリストの聖地で祈りを捧げられませんでしたが、それによってエルサレムで学んだのは赦すということです。 赦すことによって許される、自分のために赦すことを学ぶのかなと。 翌日は気分一新で死海めがけてレンタカーで移動。一気に400m下がって行く道はなんとも印象的。 レンタカーで移動中に子供達と特に笑ったのはラジオ局。 キリスト教だけで10数種類、これにイスラム教、ユダヤ教のラジオ番組があるのですが、全て宗教でした。本当はポップなラジオ局も存在しているのかもしれないけれど見つけられませんでした。笑 マサダは行きはロープウェイでしたが、帰りは歩いて降りました。これ大正解。帰りのロープウェイは乗り場にたどり着けないほどの大混雑。 しかし、帰りの下り道にまさかの美幸が転んで膝を怪我することに。この後、死界で泳ぐことになっているのに。 不思議なのですが、美幸は問題なく死海で泳げました。宇宙に浮いているみたいで死海は本当に楽しかった。 近くにいる観光客同士で順番に写真を撮りあって浮きながら話したりして楽しかったです。 その後お腹が空いて、マクドナルドへ 世界で一番低い場所にあるマクドナルドは、日本のサイズの2倍くらいのハンバーガーで味も特別。値段も特別で3人で5千円くらいでした。 そしてまたテルアビブへ。 テルアビブへはバスを使ったのですが、途中大きな銃を持った警官が入ってきて15分くらい止められて、政治的に難しい国だなと実感しました。 テルアビブはとても近代的でした。GPSがとても正確で怖いくらいでした。 あっという間の6日間。 戦争が1日も早く終わりますように。

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    御蔵島

    一時帰国中にサントリー美術館へ。英一蝶の展覧会が催されてました。 https://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2024_4/index.html 英一蝶は島流にあい、御蔵島にも滞在していたことがある画家。御蔵島は4年前に他界した母との素敵な思い出がある島です。 御蔵島を見つけた理由は、野生のイルカが多く生息していて、ドルフィンスイムが楽しめるということでした。 フロリダで娘とイルカと泳ぐプログラムに参加してイルカに魅了されていたので、野生のイルカというところにとても惹かれました。しかも日本!それも東京都。 22時過ぎに竹芝桟橋を出て、朝6時ごろに御蔵島に。 母は重度のリウマチ患者だったので居心地の良いお部屋に。旅はすこぶる快適でした。 御蔵島。 急勾配で、過去に事故があったことから自転車が禁止されています。 移動は徒歩か車。 御蔵島はお榊がどこでも育つという稀なお土地柄。 スピリチュアルな娘が行きたいと言った稲根神社本殿。 宿が一緒だった人たちと、偶然帰り道で一緒になり歩いていたら天然記念物の小型のカブトムシを発見! 滞在中は毎日イルカと泳ぎました。水の中で聞こえたイルカの声がとても印象的でした。 あっという間の4日間でした。 母とは良い思い出がいっぱいだったなと改めて思う夜。

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    日本語の先生

    日本語をオランダ人の子供に教えています。 元々は13歳から16歳の4人の知能指数が150以上でひきこもりの男の子たちから始まりました。大変でした。時給がx万円だったのですがそれには理由があったというわけです。 子供はみな感受性が強くて、折れちゃうくらいに細くて。初対面では絶対に目を合わせないし。一瞬で見て記憶したり、一度聞いて記憶する能力があったりして、鉛筆を持ったことがない子もいるくらいでした。 日本語勉強したいというリクエストで先生を探してもこの条件の子供達だと全く続かず、心理学者の女性が日本語話せる人がいないかと、当時息子が入り浸っていたスケートボードのお店のオーナーさんに助けを求めたのがきっかけ。 週に一度2時間だけのレッスンでしたが、子供達の目がどんどん変わっていき、1人の子は生まれて初めて教室に参加して鉛筆を持っている姿をみた親御さんが感動して涙を流したこともあり、やりがいはありました。 変な理由に聞こえるかもしれませんが、お給料が良すぎると思って止めました。週に2時間で小学校の先生の初任給ぐらいのお給与だったのでね。 今は週に一度、娘の通うオランダの高校でボランティアで日本語を教えています。子供が好きなんだなあとつくづく思います。子供が2人しかいないので子供が増えたみたいで幸せ! ところでこの高校は、必須で英語、フランス語、ドイツ語、古代ギリシア語とラテン語の5ヶ国語を学ばなければならず、私のクラスに通ってくれている子供たちは日本語が6カ国後目になります。加えてひらがなやカタカナ、漢字。。 試験の期間などに負担にならないように短時間でいかに面白くわかりやすく覚えられるか工夫するのも楽しいものです。レッスンを進めながら、みんなで勉強の方法を考えていくようにしています。これが楽しいし、子供達のアイディアにいつも感心します。 一年で日本語能力検定の4級に合格できるレベルまで頑張った生徒さんもいて、本当に嬉しかった。 今年は3級を目指したいけれど、勉強以外のことも楽しんで欲しいので、話し合った結果テストにはこだわらないことになりました。 日本から戻ったらみんなが待っていてくれて、子供に教える幸せを実感しました。日本でお家を買うつもりだったのですが、購入しなかったのでちょっとがっかりしている子もいておかしかったです。来年の夏は私の日本の家に行こうと思っていたらしい。 日本に早くお家を買って日本好きな子供達をたくさん招待したいな。

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    ブルガリア

    息子はブルガリア語が話せます。 来週、一緒にブルガリア語を勉強した友達とまたブルガリアに旅行へ行くらしい。 彼が大学に入学した年からコロナで大学が閉鎖になり、オンラインに移行するまで時間があったらしく友人とブルガリア語をオンラインで勉強したらしいのですが、知らない間に習得してました。 なぜブルガリアかというと音楽を聴いていてそのまま練習に至ったらしい。で、その歌手っていうのがメラニア夫人系の美人。彼女がオランダで公演する時は呼ばれて嬉しそうに出かけているけど、音楽が好きらしいです。 息子が大好きなブルガリアってどんなところか家族旅行で行ってみようかという話になったら、息子が全部予定を立ててくれて2週間のブルガリアの旅をしてきました。 こんな建物が山の中に突然あります。 ブルガリアは湧水が豊富で、旅行中はほぼ湧水に頼っていたくらい水が美味しかったです。 何故か修道院の門構えが日本っぽいのも印象的でした。 オランダでは教会や修道院が街中にあるのに対し、ブルガリアでは気の良いところという印象。そういうのも日本っぽいと思いました。 ブルガリアはヨーロッパでもかなり貧しい国なので物価は安かったです。印象的だったのが野菜。お天気がいいので良く育っただろう不揃いの野菜が売られていて、私もできればこういうお野菜食べたいなと思ったもの。 旅行中、ほぼ毎日食べていた典型的なブルガリア料理、チョプスカサラダはきゅうりとトマトと赤い玉ねぎにチーズを乗せたものなのだけれど、とても美味しかったです。 息子のブルガリア語はとても上手いらしく、どこに行っても熱烈な歓迎を受け、レストランやお店ではよくおまけしてもらいました。外人の人が日本語喋れると嬉しくなるけれど、ブルガリア語を勉強したい外人がとても少ないので、息子は超貴重な存在だったようです。息子のおかげでコミュニケーションも取れて旅行が豊かになりました。 レストランでは、息子がリクエストした曲がブルガリア人の大好きな歌だったらしく最後には他のお客さんもお店のオーナーも混ざっての大合唱になりました。もちろんチップは払ったけれど良い思い出! 山のてっぺんにこういった意味のない超巨大なモニュメントがいくつかあって、共産国家の恐ろしさみたいなものを感じました。この建設費用をインフラ整備に使ったらもっと国は発展していただろうに。。。 宿泊はどこも素敵なんだけれども、バスルームつまりシャワーのスペースがトイレと同じ。というのがブルガリアではスタンダードらしく、伝統的なホテルだと、シャワールームがないというのが2回ありました。 レンタカーで色々と巡って、最後の数日は黒海に面したリゾートで過ごしたのだけれど。ここには、ウクライナのナンバープレートをつけた高級車がズラーリと並んでいて、我が家の借りたレンタカーがちっぽけに感じるほど笑。これを見てウクライナに支援する必要はないのではないかと思えるほどの勢いでした。 戦争まだ続いているけれど、いつ終わるのでしょうか。 ところで、旅行中に中国人の男性1人を除いて、アジア人には1人も出会いませんでした。アフリカ系の人は1人も見かけませんでした。 田舎を旅していると、小さい子供が私をじっと見たり、近くに来て話しかけてきたりして、アジア人が珍しかったのだなあと度々思いました。 首都のソフィアはごちゃごちゃしていて、あまり魅力は感じなかったけれど郊外の小さな町はとても良かったです。ブルガリア、予想以上にとってもいい国でした。