聖フランチェスコのことを書いていて、エルサレムに行ったことを思い出しました。
いつも通り夫は忙しく一緒に来れないとのことで子供2人と3人で出かけました。

ベツレヘム
キリストが生まれた場所が聖地で教会になっています。
ベツレヘムの丘に立ってまず思ったのは
ヘンデルのメサイア
ここに羊飼いがいて。。。などと思いを巡らせました。

並ぶこと2時間、これでもラッキーなほど短いらしいキリストの生誕の場所を子供と3人で拝むことができました。

色々見たので端折りますが、観光の見どころはキリストが十字架を背負って歩いたと言われる苦難の道、ラテン語でのヴィア ドロローサ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヴィア・ドロローサ
合唱団で歌う私には馴染みのある名前です。
雰囲気の重いこと。
ハイライトはキリストが亡くなった場所に建てられた教会です。
ここでも2時間くらい並びました。
やっと私たちの順番というときに、3人しか入れない場所に5人と言われ、子供たちは入り口に立つことしかできませんでした。
「すみません。子供達のスペースがないのですが、」
と言った途端、「だったら出ていけー」と怒鳴られました。その後もすごい剣幕で何語かわかならい言葉で怒鳴られ続け、それを見ていた後ろにいた人が、その男性に注意したらもっと怒鳴って…
2時間立ちっぱなしで待ったのに。
係のキリスト教の男性はイスラム教っぽい雰囲気で話にならないし、英語も下手。
キリスト教の聖地なのにね。
あなた、本当にキリスト教の信者ですか?と言いたくなる最低な人でした。長い時間経ち続けて待った子供達に申し訳なくて、怒りが込み上げてきました。
エルサレムのキリスト教の案内所に起こったことを報告しに行きました。
幸い、係の方はカトリックの方で英語も堪能。「あなたの言い分はとてもわかります。私たちも日々同じような目に遭っています。16の異なる宗派で分け合っているので問題があるのです。主のご加護がありますように。」
この後ランチに行く時間帯だったのですが、歩いていたら無理やり冊子を渡されました。気分がすぐれなかったのですが、受け取ったら

この一言、さっきの最低な経験は、赦すことを学ぶためだったのだと心に残りました。
ちなみにキリスト教は4万を超える宗派があり、エルサレムだけでも選ばれた16の宗派が時間を区切って管理しているので、はっきり言ってエゴの打つかり合い。
宗教について考えさせられました。クリスマスやイースターの時は、信者が世界中から集まるので揉め事が絶えないとか。
ブッダの教えの一つに
誰かに恨みを持ち続けるということは、その許せない相手にいつか投げようと、火のついた炭を素手で持ち続けているようなもの。投げようとしなければ熱い炭はすぐ手放せて手のやけどもしなくて済むのに。という逸話あります、それを思い出しました。
子供2人はキリストの聖地で祈りを捧げられませんでしたが、それによってエルサレムで学んだのは赦すということです。
赦すことによって許される、自分のために赦すことを学ぶのかなと。

翌日は気分一新で死海めがけてレンタカーで移動。一気に400m下がって行く道はなんとも印象的。
レンタカーで移動中に子供達と特に笑ったのはラジオ局。
キリスト教だけで10数種類、これにイスラム教、ユダヤ教のラジオ番組があるのですが、全て宗教でした。本当はポップなラジオ局も存在しているのかもしれないけれど見つけられませんでした。笑


マサダは行きはロープウェイでしたが、帰りは歩いて降りました。これ大正解。帰りのロープウェイは乗り場にたどり着けないほどの大混雑。
しかし、帰りの下り道にまさかの美幸が転んで膝を怪我することに。この後、死界で泳ぐことになっているのに。

不思議なのですが、美幸は問題なく死海で泳げました。宇宙に浮いているみたいで死海は本当に楽しかった。
近くにいる観光客同士で順番に写真を撮りあって浮きながら話したりして楽しかったです。
その後お腹が空いて、マクドナルドへ
世界で一番低い場所にあるマクドナルドは、日本のサイズの2倍くらいのハンバーガーで味も特別。値段も特別で3人で5千円くらいでした。
そしてまたテルアビブへ。
テルアビブへはバスを使ったのですが、途中大きな銃を持った警官が入ってきて15分くらい止められて、政治的に難しい国だなと実感しました。

テルアビブはとても近代的でした。GPSがとても正確で怖いくらいでした。

あっという間の6日間。
戦争が1日も早く終わりますように。

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